世界映画史
ジョルジュ・メリエス

ジョルジュ・メリエス
いつの世も歴史を創るのは常に人です。そういうわけで、映画の歴史に多大なる功績を残した偉人達にもスポットライトを当ててみます。

映画史の方でも一度、名前だけは簡単に紹介しましたが、多少掘り下げてみましょう。

ジョルジュ・メリエス、フルネームではマリー=ジョルジュ=ジャン=メリエス(Maries-Georges-Jean Melie)
1861年11月8日-1938年1月21日

もはや押しも押されもしない、世界初の映画監督の方です。フランスのパリに生を受けた彼は、元々はマジシャンとして、自ら劇場を経営するほどの人気を博すマジシャンだったようです。
1895年、当時34歳だった彼はリュミエール兄弟による映画の公開を目にし、そのことに非常に感銘を受けてしまい、築いてきた私財を投げ出してまで映画の製作にのめり込むことになります。
その後、なんと7年もの歳月をかけて、苦心の末に製作されたのが、先にご紹介しました世界初のストーリー映画「月世界旅行」(原題:Le Voyage dans la lune)なのです。その名の通りの物語構成となっており、あらすじを言うと、人類が月に行き、探検する物語を描いたサイレント映画となっています。小説を元に映画化するという、現在の映画産業でも頻繁に使われるようになった手法を、世界で始めて取り入れたという、まさに世界初の革新的な映画なのです。
それにしても7年という歳月です。7年も新技術に情熱を傾けることができるのは、正直言って尊敬に値すると思います。お金に関しても当然想像できる範囲でも相当な額が掛かるわけで、彼がいかに資産家だったかがうかがえます。。
ジョルジュはただ、世界初のストーリー映画を製作したというだけではなく、彼はSFX(特殊撮影)の創始者でもあるのです。現在でもさかんに使用されているディゾルブ、或いはストップモーション、多重露光などといった有名な撮影技術の原始的なものを、このころすでに彼は考え出し、実践していたのです。
この時代の著名人と言われる人達は、たった1つや2つの功績では満足などしません。信じられないほどたいへんなバイタリティを保持していたようで、現代に生きる我々も見習いたいところだと思います。
彼の作品はさすが、人を楽しませることのプロフェッショナルであるマジシャンならではの、奇想天外で夢のある物がたくさんあり、人々の間では彼の作品を魔法映画と呼んでいたと言います。実際に、彼自身のマジックと組み合わせて上映されたものなどもあるようですが、これについては映像の記録は存在せず、残念ながら今は観ることができません。
非常に惜しいことです。 しかし、メリエスはこのように映画制作者として素晴らしい功績を残しましたが、映画興行の方はあまり得意ではなかったようで、負債を重ねてついには破産してしまいました。
晩年のメリエスはなんと、パリ市内にあるモンマルトル駅の売店で売り子をしていたようですが、これほどの才能を持った希代の天才クリエーターが、金銭の不自由という最悪の理由で活躍の場を奪われてしまったことは、映画産業にとって、いや、人類にとって多大な損失だったのではないかと思います。

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